秘密保持誓約書(従業員向け)

秘密保持契約書(従業員)、守秘義務誓約書、機密保持誓約書、NDA(従業員向け)、秘密保持に関する誓約書 とも呼ばれます。

秘密保持誓約書(従業員向け)は、会社が従業員に対して、業務で知った情報を外部に漏らさないこと、退職後も持ち出さないことを約束してもらう書面です。法律で作成が義務づけられた書類ではなく、証拠を残すための書面ですが、不正競争防止法2条6項の「営業秘密」として法律の保護を受けるための「秘密として管理されている」状態(秘密管理性といいます)を会社が示す手段として、実務で重視されています。ここでは条文と官公庁の公式資料をもとに、この書面の意味と、効力が否定されやすい条項を整理します。

最終確認日:

どんなときに必要か

入社・採用時、在職中(部署の異動時・出向時、プロジェクト参加時など取り扱う情報の種類や範囲が大きく変わる場面)、退職・契約終了時に取り交わすのが一般的です。経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」は、在職中や退職時には対象となる情報の範囲の特定が徐々に容易になるとして、範囲をできる限り明確にしたうえで締結することを挙げています。顧客情報など個人データを扱わせる場合は、個人情報保護法24条の従業者の監督の一環としても位置づけられます。

書面にする必要はあるか

法定の書面要件はなく、証拠目的の書面です。民法522条2項は「契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない」と定めており、秘密保持の合意についてこれを覆す特別の定めはありません。ただし不正競争防止法2条6項の営業秘密は「秘密として管理されている」ことが要件で、経済産業省「営業秘密管理指針」は、秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、認識可能性が確保される必要があるとしています。書面はその管理措置の一つとして働きます。

必ず入れる事項

  • 秘密として扱う情報の範囲(対象の特定)

    経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」は、対象範囲の明確化について、単に特定の程度が高いほど良いということではなく、双方の認識が一致する程度に特定されているかがポイントだとしています。範囲が示されないと、何が秘密なのかを従業員が認識できません。

  • 持出し・複製・返還・消去の取扱いルール

    同ハンドブックは、「秘密を守る」という内容のみを規定した場合、資料を自宅に持ち帰ったまま返還しない、個人メールアドレスにメールを送信する等の行為は該当しないといった言い逃れを許すおそれがあるとしています。

  • 義務が続く期間(在職中と退職後の別)

    同ハンドブックは締結のタイミングとして入社・採用時、在職中、退職・契約終了時を挙げています。在職中だけを対象と読める書き方だと、退職後の使用や開示についてこの書面を根拠として主張しにくくなります。

  • 個人データの取扱いに関する定め

    個人情報保護法24条は、個人情報取扱事業者は、その従業者に個人データを取り扱わせるに当たっては、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならないと定めています。顧客情報を扱わせるなら、営業秘密とは別に個人データの取扱いも書き分ける必要があります。

  • 第三者の秘密情報を持ち込まない旨の確認

    同ハンドブックは、転職者の入社時などに他社が保有する重要情報を意図せず侵害することを防止する観点から、前の勤務先で課された秘密保持義務の内容を採用の過程で十分に確認することが望ましいとしています。

  • 署名または記名押印と日付

    法定の書面要件がない証拠目的の書面なので、誰がいつ何に同意したかを特定できることが価値の中心です。日付がないと、どの時点のどの業務を対象とした誓約なのかを後から示すことが難しくなります。

無効・効力が否定されやすい条項

古い雛形をそのまま使うと、次の点でつまずくことがあります。

  • 対象を「業務上知り得た一切の情報」とだけ書く型です。経済産業省「営業秘密管理指針」は、秘密管理性要件が満たされるためには秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、認識可能性が確保される必要があるとしています。範囲が示されていないと、どの情報について秘密管理性があったのかを会社側が示しにくくなり、かえって不正競争防止法2条6項の営業秘密としての主張に不利に働くと考えられます。

  • 「違反した場合は金○万円を支払う」型の違約金・賠償額の予定です。労働基準法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めており、条文が明文で禁じている場面です。実際に生じた損害を賠償請求できるかどうかとは別に、労働契約の不履行についてあらかじめ金額を決めておく条項自体が同条に違反します。

  • 代償措置のない広範な競業避止条項を書き足す型です。経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」参考資料5は、判例上のポイントとして(1)守るべき企業の利益、(2)従業員の地位、(3)地域的な限定、(4)存続期間、(5)禁止される競業行為の範囲、(6)代償措置の6項目を挙げています。同資料は判例自体の個別性が強く一概に言えないとも注記しており、範囲も期間も絞らず代償措置もない条項は有効性が争われやすいと考えられます。

  • 署名を集めただけで、実際のファイルやデータには秘密である旨の表示もアクセス制限もない状態です。「営業秘密管理指針」は、営業秘密保有者が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分だとしています。他方で同指針は、情報の性質によっては就業規則や誓約書で漏えいを禁じるといった規範的な管理措置で足りる場合もあるとしており、必要な措置の程度は一律ではありません。誓約書は秘密管理措置の一つですが、それだけで不正競争防止法2条6項の秘密管理性が満たされるわけではないと考えられます。

  • 中途採用者に「前職で得た情報を当社の業務に活用すること」を求める条項です。不正競争防止法2条1項4号から10号までは営業秘密に関する不正競争を定めており、その中には、営業秘密不正取得行為や不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないで営業秘密を取得・使用・開示する行為も含まれます。自社の側が不正競争の当事者になりうる方向の条項なので、逆向きの確認条項として整理するのが実務です。

  • 誓約書に「違反した場合は懲戒処分を受けても異議ありません」と書き、就業規則には懲戒の定めを置いていない状態。労働基準法89条は、常時十人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成と行政官庁への届出を義務づけ、その9号で「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を記載事項に挙げています(常時十人以上の労働者を使用しない使用者には、同条の作成義務自体がありません)。労働契約法15条も「使用者が労働者を懲戒することができる場合において」を前提に権利濫用の審査を行う構造です。使用する労働者の人数にかかわらず、誓約書への署名だけを根拠に処分できるという前提で書かないようにします。

作成の流れ

  1. 1

    守りたい情報を洗い出して分類する

    まず自社のどの情報を秘密として扱うのかを棚卸しします。不正競争防止法2条6項の営業秘密は、秘密管理性・有用性・非公知性の三つを満たす必要があります。経済産業省「営業秘密管理指針」は、中小企業に「鉄壁の」秘密管理を求めることは現実的ではないとしつつ、必要な秘密管理措置の内容・程度は企業の規模、業態、従業員等の職務、情報の性質その他の事情によって異なるものであり、営業秘密の管理単位における従業員等がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要があるとしています。

  2. 2

    対象範囲の書き方を決める

    同省「秘密情報の保護ハンドブック」は、対象範囲の明確化について、単に特定の程度が高いほど良いということではなく、双方の認識が一致する程度に特定されているか否かがポイントだとしています。同資料は「〜に関するデータ」のように情報カテゴリーを示して特定する方法も具体例として挙げています。

  3. 3

    取扱いルールと返還・消去を書き分ける

    同ハンドブックは、「秘密を守る」という内容のみを規定すると言い逃れを許すおそれがあるとして、「持出禁止(持出が認められる場合はその条件)」「返還、廃棄・消去(必要があればその確認)」といった取扱いの内容も定めておくことを挙げています。誰に、いつ、どの方法で返し、または消すのかまで書いておくと、退職時の確認がしやすくなります。

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    労働基準法16条に触れる条項がないか点検する

    違約金や損害賠償額をあらかじめ定める条項が入っていないかを確認します。同条は「労働契約の不履行について」違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約を明文で禁じており、労働基準法13条は「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」と定めています。金額を書いた定めの効力は否定されると説明されています。インターネット上の古い雛形にはこの型が残っていることがあるので、金額の記載を探して外すことが、点検の最初の一歩になります。

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    取り交わす場面と保管方法を決める

    同ハンドブックは、締結のタイミングとして入社・採用時、退職・契約終了時、在職中(部署の異動時、出向時、プロジェクト参加時、昇進時等の取り扱う情報の種類や範囲が大きく変更されるタイミング)を挙げています。証拠目的の書面なので、署名済みのものを誰がどこで保管し、退職時にどう突き合わせるかまで決めておきます。

  6. 6

    実際の秘密管理措置と歩調を合わせる

    「営業秘密管理指針」は、秘密管理性要件が満たされるためには秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、認識可能性が確保される必要があるとしています。書面を取り交わしたら、対象になる書類やデータの表示・保管場所・アクセス権も合わせて見直し、書面と実態がずれない状態にします。

専門家に相談したほうがよい場面

当サイトは資格者を擁しておらず、書面の作成代行や個別のご相談はお受けしていません。次の場面では弁護士にご相談ください。(1)退職者が顧客名簿や設計データを持ち出した疑いがあり、差止めや刑事告訴を検討している。(2)署名を求められた側で、退職後の競業避止条項や賠償に関する条項の範囲に納得できない。(3)中途採用者が前職の秘密保持義務を負っており、担当させる業務を決めかねている。就業規則や社内規程との整合を整えたい段階では、社会保険労務士も相談先になります。

よくある質問

秘密保持誓約書がないと、営業秘密として守られないのですか。
不正競争防止法2条6項は営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義しており、誓約書の有無そのものを要件にはしていません。ただし経済産業省「営業秘密管理指針」は、秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、認識可能性が確保される必要があるとしています。誓約書はその管理措置の一つとして働く、という関係です。
入社時にまとめて署名してもらえば、退職時は不要ですか。
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」は、入社時の契約では秘密保持義務の対象となる情報の特定は難しい場合が多い一方、在職中(特に、部署の異動時・出向時、プロジェクト参加時・終了時)や退職時には対象となる情報の範囲の特定が徐々に容易になるとしています。そのうえで、対象範囲をできる限り明確化した上で締結するとしています。入社時の書面が無意味になるわけではありませんが、場面ごとに取り交わす実務が示されています。
違反したら刑事罰はありますか。
不正競争防止法21条1項は詐欺等行為や管理侵害行為による取得等を、2項は営業秘密を示された者や役員・従業者を対象としています。後者は、不正の利益を得る目的で、又は営業秘密保有者に損害を加える目的で、示された営業秘密を管理に係る任務に背いて営業秘密記録媒体等の横領や複製作成により領得した場合(1号)やこれを使用・開示した場合(2号)、役員・従業者が任務に背いて使用・開示した場合(3号)、元役員・元従業者が在職中に開示の申込みをし又は請託を受けて退職後に使用・開示した場合(4号)など、10年以下の拘禁刑若しくは2000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると定めています。号ごとに要件が異なるため、個別の判断は弁護士にご相談ください。
競業避止義務も同じ書面に入れてよいですか。
経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック」は、競業避止義務契約は秘密保持契約と異なり、より直接的に「職業選択の自由」を制限するおそれがあるとして、労使相互においてその必要性や内容の十分な理解を図るとともに、義務範囲を合理的なものとすることが重要だとしています。同資料の参考資料5は有効性の判断ポイントを6項目挙げつつ、判例自体の個別性が強く一概には言えないと注記しています。個別の条項が有効かどうかの判断は弁護士にご相談ください。

出典

最終確認日: 2026-08-07

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